机上の空想 -on the armchair-

エロゲを中心に(広義の)ビジュアルノベルに関するレビューやエッセイを主な活動にしてるつもりのブログです。6月24日より旧ドメインから正式移行しました。

2011年12月

C81チェックリスト同人ソフト編(以下続かない)

というわけで三日目同人ADV系(東5のフ~ヘあたり)のチェックリストです。
大体各カテゴリでスペース順。

※割としぼった結果なので挙げたところしか回らないわけではありません
※最近更新してないところも含まれるのでひょっとすると当日参加してないところもあるかもしれません

※収穫物晒しを最後に追記しました

※プレイした感想はこちら
C81同人ゲー感想 その1
C81同人ゲー感想 その2
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冬に向けて雑記

約二カ月ぶりの台鼎です。

この間エロゲを全然やってなくて――というわけではなく、某所に寄稿する用にC80作品を色々やってた結果感想を投下することもあまり出来ずこの有様でした。

冬コミはもちろん行きます。なんてったってCircletempoの新作が……!
桜井さんの同人誌とか元長柾木の同人誌とかも同じ日にあるので行きますというか行かないとダメすぎるというか。
あ、そういえば大機関BOXは三つ買いました。やったー

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とはいえ、冬コミに向けて体験版とかやっておきたいので年内はできそうにないのですが。



同ソの注目サークルは次回更新でちょっと紹介するかも……?

では以下簡易感想。同人ばかりで15作ほど。

[作品一覧]
図書室のネヴァジスタ
Akashic Records~櫻の戦箱~
カミサマの好きな色
百鬼社中
電波電波カプリッチョ!
とらとら
鍵っ子少女
親友が美少女になって帰ってきた。
黒曜鏡の魔獣
霊刀キザクラ
嘘つきナレットの優しい暗殺者
THE FOOL
四月の魚
遊覧飛行



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商業同人についての覚書 後編

(初出:書き下ろし)

※前編はこちら

※長い割に下の方の簡単な図が結論なので読み飛ばしてそこだけ見てもなんら問題ありません。

※ここでいう「エロゲ」というのは「18禁」の「ノベル・ADV」ということを暗に含んだ表現で、たとえばツクール系のRPGなどは必ずしも想定していないこと、また「18禁」という要件は審査の有無に関して際立つものであってその他の観点においては全年齢作品も同様であることを捕捉しておきます。


【個人と企業】
 では「個人」かどうか、という基準を検討しよう。
 気をつけないといけないのは、純粋な意味の「個人」が、エロゲ製作という場においては主流ではないという事実である。文章・絵・プログラム・音楽・音声…などの複合体であるエロゲという形態を全て一人で作り、さらに広報も販売もするというのはかなりの重労働だ。フリー素材というものを使えば個人でも負担は減るがその分表現の幅が狭まってしまうゆえに、何人かの有志が集まったり、外部に委託したりすることで「サークル」を形成するというパターンが多い(それにそもそも素材を使った時点で個人と言えるかは微妙である)。
 この点はエロゲにおける「同人ゲー」や「同人サークル」という表現が原義と照らしても割としっくりきて使いやすい理由の一つではある。ただし、同人エロゲを包括する「同人ソフト」という系譜から見ると、この理解は必ずしも正しくないであろうことには注意。

 というわけで、いまの議論でいう「個人」の対立概念として単純に「複数」を持ってくることには意味がない。しかし「個人」の対義語はほかにも考えることができ、たとえば法人――その中でも営利社団法人である「企業」を想定すれば、確かに「商業」という言葉とも容易に関連付けられそうである。実際、「TYPEMOONが商業化」という言葉がさしたのは、このサークルが法人を設立したという事実であった(多分、当時を知らないので伝聞)。

 しかしながら、である。ある同人サークルがあったとして、私たちが「このサークルは法人になっていない」からそのサークルを同人サークルだと思っているか、といえばそんなことはない。
 たとえば、エロゲではないが超人気の某STGゲーサークルとか某ADV製作サークルとか、その規模からして個人ではありえないだろうことが容易に想像できるにも関わらず、依然として「同人サークル」と呼ばれるものは確かに存在する。そもそも、明言されない限り私たちはエロゲブランドが企業(の中での事業)であるか否かなどということを確認することを普通できないし、しないのである。

 ただ、同人という表現が浮ついていることが分かっている現状で、その対立概念となっている「商業」が定義しやすいこの基準候補をすぐに棄却するのは惜しい気がする。
 ということで次は、個人であるか企業であるかがどのようにして我々の眼に違って見えるのかを検討したい。

【流通と審査団体】
 企業が目指すのはいわずもがな経済的な利益である。となれば、細々と見つかるかも分からない自分のHPだけで通販、などというわけにはいかない。こと、生活上及び業務上必要になるわけでもない娯楽製品である「エロゲ」を生業にするのであれば、その単価などから考えてもコネクションがあれば製品を買ってくれる「上客」なユーザーが存在しえないのであるからなおさらである。
 かといって、莫大な手間をかけてユーザー一人一人に営業をかけにいくわけにもいかない。となれば必要となるのは、製品を店で売ること、つまり流通させることである。いわゆる「商業展開」だ。

 エロゲの流通先、あるいは小売店といえば、みんながよく知っているあの店だとかあの店だとかあの店だとかである。
 となると、エロゲという製品を売ろうとすればこの流通関係に営業していくわけであるが、このステップに進むためには一つ大きな壁がある。それは「審査」である。

 「ソフ倫」「メディ倫」などという団体の名前は、エロゲオタであれば聞いたことくらいはあるはずだ(メディ倫は現存せず、CSAあるいは映倫などとなっているが)。ソフ倫については陵辱表現規制などでニュースにもなったくらいである。
 これらの団体の主なお仕事はなんなのか、これもエロゲオタなら重々承知であろうが、ざっくり言えばエロゲの中身をチェックしてあの銀色のシールを貼ることだ。あのシールは「審査団体がちゃんと中身をチェックしましたよ」という証である。

 この審査はオタク業界への風当たりの強さから生まれた自主規制(あまりやばいものは業界が作らせませんよ、というポーズ)ではあるが、実際にはこの審査を通さないとエロゲショップで販売することができない、という方が正しい。ソフ倫(に加盟する流通会社)が流通(ショップ)にはたらきかけて未審査の作品の販売自粛をしているし、地方自治体によっては条例によって販売時の審査が義務付けられている場所もあるからである。

 すなわち、審査団体に加盟してその審査を通らなければ、エロゲはエロゲショップで流通させること――「商業流通」と定義しておこう――ができないのである。

 しかしながら、世には同人ショップというものが存在する。現在エロゲショップとそこまで変わらないぐらい規模で展開されていると思しく、そこで上手く展開すれば商業流通と大差ない程度の利益を生み出すことは可能そうだし、実際そのようにしてエロゲ企業なんかより長く続いていると見受けられる同人サークルもままある。また、店舗だけでなくDL販売という、企業・個人問わず割と簡単に商品を売るシステムは存在するので、「商業流通」は商業展開に必ずしも必要な存在ではない。
※ただし、これらの方法にも自主審査は存在し、たとえば猥褻物陳列罪にならないよう注意がはらわれていたりする。

 だが前編で述べたように、基本的には「同人レベル」の作品は商業ゲーに慣れたユーザーには見向きもされない。よく見れば大差ないことが分かるとしても、商業流通しているというだけで一定のクオリティを維持しているように見えるのである。商業エロゲであることがある種の「社会的ステータス」となっているのだ。

【げんじつにそくしてぼくがかんがえたさいきょうのぶんるい】
 これら「法人・個人」「流通方法」「審査団体」という基準で「商業」「同人」を区別するのは、客観的事実によるものであるので、現状に対して一定の意味を持ちそうである。
 しかし、上の議論から分かるようにこれの基準は必ずしも一致するものではない。というわけで、これらの基準でどのようにエロゲブランドが区別されえるかを図のようにまとめてみた。

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(表現の揺れがあるが「審査有」は「審査団体加盟」と同じ意味である)
(「同人流通」は今回「審査の必要な商業流通以外」、上記のものに加えて即売会や自家通販、フリー頒布なども含めた意味で用いた)

 本当なら三つの要件の○×で本当は8種類あるのだが、まず「商業流通」させるには審査が必要なので「商業流通・未加盟・法人」「商業流通・未加盟・個人」は除外している。
 ただし、たとえば竜騎士07などは、(少なくとも表向きには)個人製作で(PC版に関しては)審査団体を通さずにその作品を商業的に流通させているので「商業流通・未加盟・個人」の例ではある。しかしこれは『ひぐらしのなく頃に』が全年齢作品であったことによる例外である(先に述べたように、18禁作品であれば審査が義務付けられる)ので、考慮しない。

 また、ソフ倫の会員の要件には「個人並びに法人」とあるので、「商業流通・加盟・個人」「同人流通・加盟・個人」がひょっとしたら可能なのかもしれないが、かなり特異な例であるだろう。なぜなら流通なら個人業でもどうにかなるかもしれないが、個人業でエロゲを製品化して商業流通させるのはリスクが大きい(※)し、商業流通させないのであれば審査団体に加盟するメリットは存在しないからだ。
というわけで筆者は寡聞にしてその存在を知らない。もし存在するなら教えてもらえると嬉しい。
※個人業で大規模な経営をするときには、「債権義務が個人にかかり、無限大になる」「一定以上収入が増えると税金がかさむ」「グループ内での金銭授受が不自由」といったデメリットがある(らしい)。特に最初の点は、商業展開するほど大規模に商品を製造するにあたってはかなりリスキー。


【エロゲにおける商業同人とは】
 つまり、「その製品が商業流通していない企業」が商業同人と呼ばれ得るのではないか、というのが個人的な見解である(こんな結論にたどり着くのに長いことかかったなおい)。
 で、実はその中にも二つあることが上の分類で分かる。

<実質的商業>
 逆はできないが、審査団体に加盟していても同人流通させることは可能であり、実際にその例は存在する。
 18禁ではないが「自転車創業」なんかが分かりやすい例だろう。ソフ倫の審査を受けている歴とした有限会社のはずだが、なぜだか商業流通でお目にかかることはほとんどない(自分は一度も見たことがない)上に、即売会や同人ショップでは度々目にする。
 また、同人流通では未審査の製品、商業流通ではそれを審査済したものを売るという例もある。最近では元々同人流通だった『誰が殺したコマドリを』(スマイル戦機、株式会社ひつじぐも)がCSA審査で再発売された。

<企業同人>
 上に書いたように、上手くやれば商業流通させなくても利益は生み出せるので、企業が同人流通の場で商売をやってもおかしくはない。また、同人流通では規制がゆるやかなので、多少過激な描写や二次創作が許されるという利点もある。
 そして、「企業だからといって高品質とは限らない」のではあるが、企業の方が高品質の作品を作りやすいであろうことは自明である。だから、「同人レベル」がはびこる同人流通の場で、もし企業の力を使った「商業レベル」の製品を売り込めばそれは注目されるだろうし、商業流通の場で勝負するよりもずっと売り上げが見込むことができる、という視点を持つことも可能であろう。


 で、恐らく「商業同人」と揶揄されているものの多くが後者の「企業同人」なのであろう、と思う。
 確かに、企業という経済力を以て個人規模のサークルたちの市場が侵食されていくというのは我慢ならないことかもしれないし、筆者もどちらかと言えばこのような立場ではある。
 そして、これに比して単なる「プロ作家の同人活動」は非難されるいわれはないと思うのであるが、「企業の経済力とプロの経済力に違いはあるのか」と言われると答えに窮する。企業の金も元はと言えば個人の出資から出るものであって、それを増やしたのは企業努力の結果である。
 つまり、貧乏人の僻みといえばそれまでなのであって……。

【最後に】
 実態に即すと上の図の風に整理できるのではないかというのが結論であるが、これはまさしく「商業以外は全部同人」という視点、すなわち現在の「ユーザーから見た」言葉の使われ方から類推したものなのであって、言葉の原義に立ち返ろうというものとは対極のものである。
 だから、以前からこの界隈にいる人たちや、クリエイター側からすればふざけたものであるのかもしれない。が、言葉というのは定着した意味で用いられるものなのであって、もしこれを是正して「同好の士が集まるのが同人だ!」と言っていきたいのであれば、これらの言葉に代わるなんかしらの言葉を定義・提議して、広めていかなくてはならないのである。
 多分、結構難しい。

 とりとめのない文章となってしまったが、たかが覚書ということでここはひとつ勘弁願いたい(言い訳)。

商業同人についての覚書 前編

(初出:書き下ろし)

 同人ゲー界隈を眺めていると、「商業同人」という言葉に出くわすことがある。大体があまり良い意味で使われることのない表現だが、しかしよく見るとその使われ方は一定ではない。ということで一体どないな風に使われている言葉なのか、そしてそもそも商業と同人って一体なんなのか、ちょっと考えてみることにする。

【同人という言葉】
 同人というのは元々「同好の人(の集まり)」といったような意味で、いま使われている「個人製作」とか「アマチュア」だとかいう意味とは必ずしも一致しない(さすがにこんな辺境の文を読む人に同人=二次創作エロと思っている人はいないだろうが……)。

 そういう意味では「個人(の同人)サークル」というのは本来なら自己矛盾なワードなのだけれども、今ではすっかり定着している。しかし一方で、本来の意味であれば何もおかしくない「プロで同人」「商業で同人」という表現は、2011年のオタクとして生きる人々には違和感を催すものである。

 つまり「個人製作」だったり「アマチュア」だったりの作品が、私たちにとっての「同人」なのだ。そうなった経緯については、古くは(漫画などにおいて)アマチュアな個人の創作が同人を通して行われてきたから……という歴史的経緯があるらしいのだが、ここでは割愛する。

【エロゲ界隈での「同人」】
 エロゲ界隈の実態を鑑みると、やはり「同人」という言葉は、本来の意味を離れている。

 本来の「同好の集まり」という意味なら、脳内彼女とかライアーソフトとかも(外から見れば)同人と呼ばれてよさそうなものだが、彼らの作品が「同人的」と言われることはあっても決して「同人ゲーム」と呼ばれることは決してない。あくまでも彼らの作品は「商業ゲー」だ。そう、少なくともエロゲ界隈において、「同人ゲー」と「商業ゲー」は対立概念であって、明確に区別されるものなのである。

 しかしである。明確に対立するというのにやはり、先に述べたように「商業同人」という表現は存在する。それは商業や同人という言葉がよく理解されないまま使われているからである。感覚的にしか使われ方を理解してないまま対立概念であると思っているから「商業っぽいけど同人らしい」「同人っぽいけど商業らしい」(大抵は前者)という違和感が発生するのだ。「同人」と「商業」は明確に対立はしているが、それ自身が明確な概念ではないのである。

 では私たちは、なにを以て商業ゲーだ、同人ゲーだ、と言っているのだろう。
 先に、同人という言葉は「アマチュア」「個人」という意味で使われていると述べた。ならば、「プロ」や「非個人」であれば商業ということなのだろうか。

【プロフェッショナリズムとアマチュアリズム】
 プロ・アマという基準を考えてみる。
 プロというのはつまり職業作家のことで、創作活動によって金銭を得て生活している者のことをさすが、これの対立概念であるアマのことを考えるのは結構面倒臭い。こと作家性が求められる分野において、「職業意識の有無」「技術の巧拙」「趣味性の有無」「アマチュアリズムの有無」など、基準がいくらでも思い浮かぶ程度に、プロ・アマという言葉は区別がはっきりしない。

 職業意識や技術を基準にするとアマという言葉は、責任感や技術のない存在ということを意味することになる。確かにこういう意味でのアマを基準にして「同人」を定義している例は存在し、たとえば「同人レベル」と表現すれば、大概それは作品(あるいはブランドの活動自体)が見るに堪えないことを言っており、これが直感的な「同人ゲーっぽさ」の基準になっている面は少なからずある。
 ただ、あくまでそれは「っぽさ」のレベルであり、商業ゲーと同人ゲーがそのことによって区別されているかと言えばそうでないことは明確であり、実際、地雷と呼ばれる商業作品は事欠かないし同人でも高品質の作品はいくらでも存在する。

 趣味性やアマチュアリズムを基準すると、作家自身の創作活動への姿勢が問題となる。
 アマチュアリズム、つまり「金銭の授受を拒否する」「非営利主義」という基準でいくと、アマチュアの活動は全て無償で行われるということになるが、この意味でのアマを同人の基準にすると割と大変なことになる。そう、なんといっても「同人ショップ」という存在があるのだから!
 確かに、商業ゲーと呼ばれるものにフリーゲームはほとんどない。あったとしてもおまけや短編、あるいは過去作の再リリースである。しかし、同人ゲームの全てがフリーゲームかと言えば絶対にそんなことはないのは明確である。先に述べたように、同人ゲームを販売している店が津々浦々に存在するくらいで、多くの同人ゲームがシェアウェアとして発売されている。
 非営利主義=無償という過程が極端だとひょっとしたら思われるかもしれないが、決してそんなことはない。「好きでやってるから金なんていらない」というのなら、趣味にかかるお金は自分で負担しないといけないのだから。「好きでやってるから金はいらない、けど見合うだけの対価は欲しい」などという主張は営利主義と変わらない。
 そして付け加えれば、自身に利益が出るかに関係なく対価を受け取る時点でそのことに対する責任が発生するのであって、それはすなわち「プロ意識」の要請にほかならない。

 趣味性を問題にすると、「趣味性があるのはアマ、ないのがプロ」となる。この趣味性というのは「同好の集まり」という同人の原義に非常に親和性のあるもので、なるほど確かに、理想的な基準ではある。
 しかし原義に近いということは、つまり現状にそぐわないということだ。先に述べたように、趣味性の強いように見える作品だからといって同人と呼ばれるかといえば、決してそんなことはない。
 そもそも趣味性があるかどうかなどというのは内心の問題なのであって、本人以外には分かりえない。たとえば奇抜で一般受けしなさそうなタイトルがあったとして、それが好きなものを作ったからできたものなのか単に話題性による営利効果を狙っただけの産物なのか、原理的には作った本人以外は知ることができない。また同様に、一見消費者に媚びたようなタイトルがあったとしても、実はそれが彼らの本気で作りたいものなのかもしれない。
 この意味でのアマを基準にすると、「同人」は自称としてしか意味がない概念となる。しかし現状、趣味性のある作品が同人を自称しそうでない作品は自称しない、というのが徹底されているわけでは全くない。

 以上のように、プロ・アマの議論を用いて商業と同人を区別するのは、プロ・アマの区別がそもそも明確でない上に、現状にはそぐわないのではなかろうか、というのが筆者の見解である。

 付け加えになるが、アマチュアの趣味性やアマチュアリズム――利益を追求せずに、作りたいものを作ること――を同人の誇りにするならば、それが意味するところを覚悟しておかなければ壮大なブーメランになりかねない、ということには留意しておく必要がありそうである。
 たとえば、職業作家が趣味性やアマチュアリズムに依る創作をすることはなんら責められることではない。しかし実際、「プロ同人」などという揶揄など、単に技術の高い者に対する妬み嫉み僻みが現れているようにしか見えない批判も少なからずみられる。


To be continued...?

プレイ本数が同人>>商業なこじらせ系エロゲーマー。
ご案内と注意
エロゲ感想の多くは雑感という形で雑記(+簡易感想)に紛れてます。

プレイ済リストや、下の検索欄からご参照ください。

批評空間のarmchairと同じ人です。

好んでいる作品の傾向を見ていただくだけなら、そちらの得点表を見ていただくのが速いかもしれません。

また、同人ゲームの感想をお探しの方は、批評空間でも同じような感想を述べてることがありますので特にご留意ください。


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