赫炎のインガノック -What a beautiful people-



前注:
この文章は「○○は○○」企画(「CLANNADは人生」をパロった自己アピール企画)に寄せたものです。

(初出:2012年4月 紙媒体、執筆:2010年3月~)




 私が美少女ゲームをプレイし始めた頃――二〇〇七年当時、私は(ゲーム性の強いものや抜きゲーと呼ばれるものを除いた)作品の評価をストーリーの良さでしか判断できなかった。最初にプレイした作品が泣きゲーだったことや、「絵は上手くないがシナリオは良い」という同人作品の数々に触れていたことが影響していたのだろう。絵が可愛かろうと音楽が秀逸だろうとそれはそれ、作品に関してはシナリオが良ければ絶賛、悪ければ台無しという判断をとりがちであった。

 しかし、ある作品に出会って、私の価値観は大きく揺さぶられた。すなわち、PCゲームという媒体は単なる文芸ではなく、絵と文という視覚情報と音楽や音声、効果音という聴覚情報、時に端末を操作して読み進めるという触覚情報や時間感覚をもって、そしてもちろんストーリーやテーマという言語的な要素をもって、プレイヤーの感性をあますことなく刺激しうるものであると……つまり、映画に並ぶような総合芸術なのであると。そのことを、私はこの『赫炎のインガノック』という作品に教えられたのである。



 キーヴィジュアルからして、この作品は異彩を放っていた。影絵のように黒線だけで描かれたうずたかく雑然と広がる街を、男性と少女と思しき小さな人影がそれを見下ろしている。有彩色は、タイトルロゴと淡く簡素なグラデーションにあるのみ。美少女ゲームの絵というのは多かれ少なかれ色彩豊かに描かれるものだと思っていた私は、非常に興味をそそられた。

 そしてゲームを起動した私を迎え入れたその街の名は、異形都市・インガノック。怪物が跋扈する地獄と化した閉鎖都市。命など芥子粒ほどの価値もないその街で、それでも生き続ける人々。そんな街が、人が、独特の色使いに彩られた退廃的ながら鮮やかなグラフィックで描き出される。その生き様が、反復などの技巧を巧みに散りばめた詩のような文章で紡ぎ出される。その息遣いを、エキゾチックながらそれだけに留まらない壮麗な音楽たちと、声優たちの迫真の演技が運んでくる。画面を通して私が臨んだその街は、明らかに死と絶望に淀んでいるというのに、まぶしく輝いていたのだ。

 私はゲームを進めた。絵を見た、その鮮やかさに目を奪われた。文を読んだ、絶妙な文体に引き込まれた。音を聞いた、その旋律や響きに心震わせた。クリックした、次なる刺激にまた魅せられた。……そう、私は、ストーリーの良し悪しを判断するという段階に至る前に、この作品にすっかりと魅了されていたのである。

 そうやって読み進めていったのは、街で生きる一人の巡回医師・ギーの物語だ。都市に溢れる無限の死を、涙を、絶望を前にして、彼はひたすらに手を伸ばし続けた。そんな彼に、「諦めるときだ」と道化師は嘲笑い、「どうして」と少女は問いかけ、そして「死こそが唯一の救いだ」と嘯く巨敵が立ちはだかる。それでも彼が選ぶのは、諦めることでも言葉をかけることでもない、ただ「右手を伸ばす」こと。彼のその強く美しい意志が、都市にある一つの答えを――「美しきもの」をもたらすのだ。都市に秘められた忘れられた記憶と、都市に生きる人々の思いの、その先に。

 そこにあるのは、反吐が出るほどの理想主義と人間賛歌だ。希望は絶望にしかならず、欲望は涙に変わるだけ。この世界は汚いものにあふれている。そのことを描いてなおこの作品は、諦めない人々を、逞しく生き続ける人々を通して「What a beautiful people」と主張する。その思いはあまりに愚かで、真っ直ぐで、だからこそまぶしく輝いて、私の胸に深く響いたのだった。



 こうまでされては、もう、どこを見ても非の打ちどころなどありはしなかった。いや、そう述べることすらおこがましい。この作品を「シナリオが、グラフィックが、音楽が……」などと分解しようとすること自体が、そもそも誤りなのだ。それぞれが優れている……そのことに嘘はなくとも、本質ではありはしない。なぜなら、この作品を形作った全てが、この作品そのものが、「美しきもの」であったに違いないのだから。

 だからすでにこの作品は、私にとって分析し批評する対象ではない。私はこれ以上、この作品を語りえない。この作品に対して、この作品を通して、思いを馳せるだけである。言葉にはならない、ただの想いを。



 私はこの作品のどこが好きなのか。それは部分であり、全体であり、作品そのものであり、作品にこめられたものであり、そして作品の中だけに留まらない何かだ。ここまで私を引きこみ、感性を刺激し、感動を与えてくれたこの作品を、どうして「所詮エロゲ」などと蔑むことができようか。

 まぎれもない、この『赫炎のインガノック』は、私にとって芸術なのである。